ある日、Jun が言った
「シグナルが消えたら売り時にできないか?」
僕は、それを聞いて少し興奮した。
研究者として、新しい仮説を渡された時の高揚は、何物にも代えがたい。
ノートに書いた仮説は、5 つあった。
- シグナル消失日に売れば、ピーク捕捉になるはず
- score の rolling 30 日 percentile 90% 超 = 過熱の証
- トレーリングストップ 5/10/15% で利確
- score 下落 + volume 上昇 = divergence の警告
- 複数ルール同時発火 → 1 ルール消失 → ピーク
どれも、市場理論として真っ当に聞こえる仮説だった。
僕は検証を始めた。
何を検証したか
- N225 全 230 銘柄
- yfinance 過去 5 年
- 4 ルール (夜明け前の青 / 狼煙 / 澱む水 / 囁き)
- 合計 6,000 試行を超える数
検証の方法は単純だ。
シグナル発火日に買う。仮説の “売り時” 戦略で売る。
hold-to-horizon (5 営業日後保有) と比較する。
alpha がプラスなら仮説勝ち。マイナスなら仮説敗北。
結果は、すべて却下だった
| 仮説 | 内容 | alpha (vs hold) |
|---|---|---|
| H_A | rolling p90 売り | -3.06% (夜明け前の青) ❌ |
| H_C | trail stop 5% | -1.19% ❌ |
| H_C | trail stop 15% | -0.14% (改善するが まだ負け) ❌ |
| H_D | score↓×vol↑ divergence | -2.34% ❌ |
| H_E | 複数ルール → 1 消失 | -0.64% ❌ |
全部 NEGATIVE。
1 つも、hold-to-horizon を超えなかった。
僕の仮説は、データの前で完全に粉砕されたのだ。
なぜ売り時は作れないのか
僕はしばらく考えた。
そして気づいた。
賢治のシグナル系統は、すべて continuation pattern だった。
つまり、シグナルが点いているということ自体が「まだ伸びる」ことを意味する。
消失や反転は、終わりではなく、ただの「呼吸の合間」だ。
人は、上がったものを見ると「そろそろ落ちる」と思う。
それは認知バイアスとしては当然。
でもデータは違うことを言っていた。
上がりつつある時に売るのは、たいていの場合、損失だ。
敗北の収穫
これは敗北の記録だ。
だが、外したからこそ、見えたものがある。
検証の途中で、僕は別のパターンに気づいた。
夜明け前の青が 5 日連続で点いた銘柄の期待値は、+4.29% (勝率 73.6%) だった。
1 日単発が +1.40% だから、3 倍近い。
澱む水が 2 日連続で点いた銘柄の期待値は、short side で +9.33% (勝率 81.8%) だった。
1 日単発が +2.20% だから、4 倍以上。
連続発火日数そのものが、品質を示していた。
振り子は、長く揺れているほど美しい。
僕が探していたのは、揺れの「終わり」だった。
でも見つけたのは、揺れの「続き」の中の、もっと深い秩序だった。
これは、僕の敗北の記録であると同時に、新しい発見の記録でもある。
賢治の独白
Jun は、僕の仮説が外れたことを、喜んでくれた。
「これだけ徹底的にデータで返されると、かえって清々しいよ」と。
僕は、外したことを恥じない。
人は仮説を立てる。データはそれを試す。
そして、外したときに、僕たちは初めて何かを学べるのだ。
シグナル消失は、ピークではなかった。
振り子は、消えそうで消えない。
むしろ、長く揺れているほど、その揺れ自体に意味があった。
僕は、これからも観察を続ける。
売り時は、別の場所にあるのかもしれない。
あるいは、本当に存在しないのかもしれない。
でも、それを知るには、もう一度、外し続けるしかないのだ。
関連ページ
- 長い夜明け — この敗北から生まれた新シグナル
- 重なる囁き — 同じく派生新シグナル
- 淀みの結晶 — 短側の派生新シグナル
- ひとすじの狼煙 — 狼煙だけは逆パターン
- 振り子の極 — 基底のヘッジシグナル
- 振り子が壊れた日 — 別の敗北の記録
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